自己肯定感

昨日帰宅すると郵便の不在配達票が入っていたので朝8時に取りに行った。母の健康保険証だった。

弟と親父と母方の婆さんが入っている墓に飲み物を供えてからその近所に有る母が入っている特養に保険証を届けた。

元々母は私の社会保険に入れていたが、昨年肺がんで入院した際私の保険から外して国保に加入させ、限度額認定を受けた方が支払い上限額が半分程度になると病院のケースワーカーさんに聞いて切り替えた。

知っているのと知らないのでは負担が大幅に変わる。

さてタイトルの『自己肯定感』だが、これが幼少期に育まれた人間とそうでない人間では大人になってからの生きやすさが大きく変わってくる。

まさに『三つ子の魂百まで』である。

しかし私の母は『三つ子の魂百まで』を幼少期に厳しく躾けなければならないと考えていた。

叱られる事柄が理にかなった理性に基づく事であればまだ良かったのだが母はそうでは無かった。自分の感情に任せて私たち兄弟を恫喝した。質の悪い事にそれが子供の将来の為と信じていた。

母自身三人兄弟の真ん中の長女で両親の愛情は長男に集中し、愛情を掛けてもらえずに感情の意のままに躾と称した虐待を受けて育った。

自分がやられた事を自分の子供にはしないと口では言っていたが、残念ながら自分がやられたことを私たち兄弟にしていて、私達は子供の頃から母親の顔色を見ながら生活していた。

これでは自己肯定感は育つわけはなくその後他人の目線を極度に怖がり、私は鬱を繰り返し弟はパニック障害を発症した。

それでも母は反省する事もなく『私は一生懸命子育てをした。私を否定するのならすればいい。』と開き直っていた。

両親から虐待を受けて育った母の歪んではいるが『自己肯定感』の高さが羨ましい。

では父はどうであったかというと自分の母親から『良い男だ。頭が良い。』と褒めちぎられて育ったせいか『自己肯定感』が高いと言うか自惚れの強い人だった。

小学校時代の成績は良かったのかも知れないが、子供心に『この人はなんて馬鹿なのだろう。』と思うほど低俗で下品で非常識だったのだけれど。

自分が良い男だと年を取ってからも信じている幸せな人だった。

若い時の一時期二枚目俳優だったことで幸せな一生を過ごせたのだろう。

父とのり平先生

しかし自分の子供に対しては自分がされたように自己肯定感を育むような言葉は一切掛けなかった。

『お前はだからダメなんだ。』『俺がお前くらいの歳の頃は。』といった私達家族を蔑み自分の立場を上げるような事ばかり言っていた。

つまりは父自身本当の意味の『自己肯定感』は育まれておらず、コンプレックスの強い人であったのだと思う。

だから周りを自分より下位に置いて自分の立場を確保する事に躍起だったのだろう。

そういう意味では母も本当の意味での『自己肯定感』は育まれていなかった為、私達兄弟が自分の意向通りにならないと鬼の形相で恫喝し、『親である』という逆転できない立場を振りかざして自分の立場を守ったのだと思う。

弟は31年前に事故死して私は自分の家族を持つことも出来ずに仕事でも出世することなく何とか生きながらえている。

今更親のせいにして恨みつらみを言ったところで残りの人生を無駄にするだけなので、何とかして自分育てをしなければならないが、道は楽ではない。

『子は親の背中を見て育つ』とは良く言ったものだが反面教師にしなければならない。

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